9月2日(晴れ)

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コミュニケーション

今日は正真正銘の休日。昨日発症した頭痛が収まりません。が、これはじっとしていれば治るというものでもないので、まずは娘たちと県立図書館へ出掛ける事に。車線がいっぱいある上に路面電車も走っていて、路地に入れば一方通行だらけ、という市内の道路ですが、最近は大分慣れてきて(やっと…)、思い通りの場所に行けるようになりました。勿論、今日もサクッと図書館へ到着。

続けて赤磐の実家と和気町の畑を回って色々と農産物を貰って来ました。いつも色々貰って本当に有難いことです。畑なんか、ほとんど手伝いしてないのに、熟したトマトや茄子を片っ端から収穫して帰るという厚かましさ(代わりに孫が丸々と育っているので許して貰えるでしょう)。

国語の試験で「この時の、○○(登場人物)の心境に近いものを選べ」という問題があります。ちょうど私たちの世代で”よしもとばなな”の作品がセンター試験に登場し、こういった問題が出ましたが、この問題に作家本人が挑戦したところ正解を選べなかったというエピソードを見つけました(MORI LOG ACADEMY 4)。「小説というものは、書き上げた瞬間から作家の手を離れて動き出すものだ」なんて意味の言い訳(?)がしてありましたが、確かにその通りだと思います。どんな言葉を使っても、書き手の理解と読み手の理解が一致することは、なかなか無いような気がします。読み手は自分が読みたいようにしか読まないし、読めません。それは、良いとか悪いとかいうことではなくて、そういうものなんだ、と理解した上でコミュニケーションをする、という姿勢こそが大事なのだと思います。例えば、全然間違った敬語を使う店員や外国人が居ても、「敬語を使おうとしている」という姿勢が読み取れれば、十分にその誠意は伝わります。「使おうとする」姿勢と、「使おうとしているんだな」と推し量る姿勢です。


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